
松本城。
はるばるやってきました。
ゆるやかな扇状地に建つ平城です。
戦国時代の初めに守護大名小笠原氏の支城としてこの地に築かれた深志城が始まり。

松本城を太鼓門側から眺める。
・天守
・乾小天守
・渡櫓
・辰巳附櫓
・月見櫓
の5棟の建物からなる。
白い漆喰の壁の腰に黒漆塗りの下見板を張ってある。

松本城公園。
ここからお堀を渡って城内へ。

橋を渡って…。
橋の両側に松本城歴代城主の家紋があります。

黒門。
本丸に入る正門。
櫓門と桝形からなる。
券売所は門の左側。
松本城の入場券と、松本市立博物館の入場券のセットで610円でした。

鎧兜。
黒門に展示されてました。

本丸御殿跡。
本丸御殿は再建されてないです。

松本城。
戦うための堅固な天守と、太平の世に造られた優美な辰巳附櫓と月見櫓の対比が美しいですね。
月見櫓(写真の左下)は生憎工事中で、白いシートで囲われてます。
これから天守閣に登ります。

入口。
渡櫓から天守閣へ入ります。
入口でビニール袋をくださいますので、靴を脱いでビニール袋におさめてからお城に入ります。階段がかなり急なのでご注意。
(説明の為、実際の見学通路と記事の順番は違ってます。)

乾小天守。
三重四階の櫓は天守と渡櫓で連結している。

天守一階。
この階は食料や武器弾薬の倉庫だったと考えられている。

石落。
天守一階の四隅に壁から張り出して下方に開口している。
石垣をよじ登ってくる敵に対して石を落したり弓や鉄砲で撃退する。

石落を外から。
松本城には11箇所の石落があり他の城に比べて多い。

天守大棟の鯱。
昭和の修理の際に新しい鯱と取り換えられたもの。

天守三階。
天守閣は外からは五重に見えるが、内部は六階になっていてこの階は外からはわからない。光は南側の千鳥破風の木連格子からわずかに入るだけなので、当時は『暗闇重』と呼ばれていた。

天守四階。
御座の間
他の階とはガラリと違う書院造り風の部屋でいざというときは、城主がいるところ(御座所)になった。
天井が高く四方から光がはいるので明るく広々としている。
柱はすべて桧で鉋がかけられ鴨居の上には小壁もあり丁寧な造りになっていて、有事の際、六階とともに城主の座所に当てられたと考えられる。
天守五階
四方に窓が開いていて戦況を見るのに都合が良いので、有事には幹部の居所に当てられるものと推定される。
天守六階。
畳を敷くことも可能な造り(階段を除き京間16畳)になっていて、有事には最高幹部の司令塔(城主の座所)となる。
天守六階からの眺め。

左方に塩尻峠。右方に中央アルプス。

重要文化財 旧開智学校。
明治6年に開校した我が国最初の小学校の一つ。

二十六夜神。
松本城を守る神様。
天守閣の井桁状に組んだ屋根の骨組みにお祀りしてあります。

火縄銃の展示。
火縄銃の機関部の仕組みや銃身の製造方法などの展示もありました。
幕末以降の銃も沢山展示してありました。

匕首鉄砲。
匕首と鉄砲を合体させてあります。
忍者の隠し武器でしょうか?

辰巳附櫓。
天守の辰巳(南東)にあたり隣接している月見櫓とともに松平直正によって寛永年間に増築された。

昔の道具類が展示してあります。

月見櫓。
北・東・南に設えてある舞良戸(まいらど)を外すと、三方吹き抜けになり、回りに巡らされた朱塗りの回廊など書院風の造りと相まって優雅な雰囲気を醸し出し開放的で、平和な時代に造られたことが良く判る。
現存する城郭建築の中で月見櫓を持つのは松本城と岡山城だけであるが、天守と一体になっているのは、松本城だけである。
塗り替え工事中でした。

乾小天守。

松本のキャラクターですかいのぅ。

二の丸御殿跡。

太鼓門。

猪の形の石。
太鼓門の石垣の中にありました。

ウサギの形の石。
猪の石の向かい側にありました。
太鼓門を出て、松本市役所に向かいます。
目的は、

市役所屋上の展望台。
途中までエレベーターで、最後の2階分は階段を利用。

展望台の内部。
窓は勝手に開けてもOK。ただし帰る時に必ず閉めてくださいとのことです。

松本城が手に取るように見える。
松本城天守閣。

松本市立博物館。
しまった!博物館の入場券があるのに見学するのを忘れて帰ってしまった!
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***** データ *****
名:国宝松本城
住所:長野県松本市丸の内
※レポートは訪問時の内容です。
※掲載後に変更が有るかも知れません。
※ご注意ください。
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